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2008-06-19 Thu 14:34
【五】
太陽がその日最後の残光を西の彼方に投げかけている時刻。夜の帳が降り始めた学校には昌暉と雅以外誰もいない。昨夜対峙したときに感じた異形の強さを危険だと判断した昌暉は、校長に直談判して放課後は日が沈む前に学校から生徒も教員も全員出るよう指示してもらった。そのため放課後は普段部活でざわめく運動場や体育館や校内が廃墟のごとく息を潜めていて物音一つしない。 昌暉と雅は昨日のように校内を探索して回るのは止め、異形の出現場所として目をつけた飼育小屋と池にポイントを絞って見張ることにした。異形が動き出さない昼間のうちに、その二か所には昌暉が術をかけて罠を仕掛けている。 空が本格的に夜の色を帯び始めると、昌暉は飼育小屋、雅は池へと向かった。最初から異形に姿を発見されたら逃げられる可能性があるため、それぞれポイントから少し距離を取って監視する。異形が現れたらまずはパートナーに連絡し、それから無茶をしない程度に異形を牽制し、ふたり揃ったところで仕留める。決してひとりで真正面から戦わない。それが作戦だった。 雅は正面玄関の扉に身を隠して池を眺めていた。意識と視線を固定したまま、午後の出来事を思い出す。昌暉はどうしても霊感少女のことが気になるようで、休み時間に久美子のクラスへ足を運んでいた。 入口から頭を覗かせた昌暉たちに、久美子は目敏く気づいて微笑んだ。教室にいたほかの生徒たちがいきなり現われた部外者にきょとんと目を瞬かせている。 「あの人たちって…」 「事件の調査に来ている…」 などという囁きがあちこちで漏れ聞こえてくる。昌暉はそんな周囲の声は無視して人好きのする笑みを湛えながら久美子の席に歩み寄った。 「よ」 「こんにちは。なにか御用ですか?」 久美子は別段動揺も見せずなかなかの大物ぶりを発揮して、昌暉はなんとなく嬉しくなる。久美子の隣の席らしい由希はしばらくぽかんとしていたが、正気に返ると昌暉と雅にぺこりと頭を下げた。 「昨日の続きなんだが、あれから変な噂はあった?」 「不審な噂?」 「そー。この学校名物の怪談話。なにか変化はあったかなと思ってさ」 まるで天気の話をするかのような明るい口調で出された話題に、久美子は不審そうにわずかに眉根を寄せた。一般生徒たちの目も耳もある場所でする話ではないと思ったのだろう。 実際、昌暉も雅も仕事に関わる話は第三者のいないところで行う。けれども今回は別の目的もあった。昌暉はこれまで数回久美子と話をしてきたことで、時々口の端に上る“霊感少女”が久美子のクラスメイトではないかと踏んでいた。だからほとんどの生徒が教室に残っているであろう休み時間に狙いをつけたのだ。雅もごく自然な仕種で教室内を観察している。 「さあ。あれから特に変わったという噂は聞いていません。相変わらずです」 「そっか」 昌暉は前髪をかき上げてちらりと視線を走らせた。生徒たちが興味津々な表情でこちらを見つめている。困惑気に昌暉たちと久美子を見比べている数人の生徒は彼女の友達だろう。さらに数人ほどまったく関心がなさそうな態度を取っている生徒もいた。久美子の前の席の女子生徒は机に突っ伏して眠っているし、窓際の男子生徒は手元の本に集中しているらしく、室内のどこか緊張漂う空気に気づいた様子もない。 「調査はどうですか?」 痛い質問に昌暉と雅は微苦笑を浮かべる。さすがにこの場で「行き詰ってます」とは言えず、ふたりは曖昧に返事をぼやかした。 「あー、そういやきみのお友達に励ましのメッセージを貰ったよ」 「友達、ですか?」 「そうそう。ば〜い霊感少女って書かれてたわ」 雅の声は思った以上に大きく響いてしまい、直後教室内に微妙な空気が流れた。困惑、戸惑い、興味、警戒、恐怖…様々な感情が入り混じったなんとも形容し難い雰囲気に包まれ、むしろ雅のほうが焦ってしまった。 「え、あたしマズイこと言っちゃった?」 久美子と由希も微妙な表情で顔を見合わせ目で言葉を交わしている。 「霊感少女ってあいつのこと?」 そこへ呑気な声が割って入り、ハッと昌暉と雅がそちらへ振り向けば、なぜか頭を抱えて悶絶している男子生徒がいた。 「きみ?」 その少女を知っているのと雅が声をかけたが、男子生徒は呻き声らしきものを漏らすだけで質問に答えられそうにはない。 「おい、少年――」 「大丈夫か?」 昌暉が男子生徒に手を伸ばすよりも早く、別の生徒が腕を掴んで引っ張りあげた。それが窓際で読書をしていた生徒だと昌暉が記憶と一致させたときには、ふたりとも教室からいなくなっていた。 雅は中途半端に伸ばした手を所在無げに戻す昌暉を見た。パートナーの横顔には自分と同じ感情が浮かんでいる。上手く逃げられた気がした。 結局その後久美子たちからは霊感少女についてなにも聞き出せず、次の休み時間に再び訪れてなにか知っている風であった男子生徒に話かけたところ、「オレ、そんなこと言いましたっけ?」と恍けられてしまった。やられたと思ったがもう後の祭り。得られたのは徒労ばかりで、有益な情報は一片たりと収集することはできなかった。 雅は池から目を離し空を見上げた。背筋を凍らせる瘴気がじわじわと校舎に染み渡り始めている。 結界といい数多の怪談といい霊感少女といい、この学校は本当に謎が多すぎる。 それにしても久美子たちの霊感少女の正体を明かすことへの拒絶ぶりは徹底的だ。それだけ友情に厚いということだろうか。前の事件で訪れたとき、久美子はその少女がオカルト嫌いだと言っていたはずだ。だから騒がれないように、久美子たち友人に口止めを頼んでいるのかもしれない。しかしメッセージを残すくらいなら自分たちの前に現れてほしいと思う。その正体をほかに広めたくないと願っているのなら、雅も昌暉も当然協力するのに。 「あたしたちは見ず知らずの他人だから、信用できないってことかしら」 一度も会ったことのない相手だからわからない。 雅は頭を振って考えを止めると池と周辺の監視に集中した。 三十分ほど経っただろうか。静まり返った状況で鯉がぴちゃりと跳ねた音に、心臓がドキリと波打った。人間、集中力の持続には限界があるし、ずっと気を張り詰めていても精神ばかりが疲弊してあまりよくない。特に雅の場合、どうしても感覚の弱さが否めないため気を研ぎ澄ます労力は人一倍だ。 フッと気を緩めた瞬間だった。 全身を粟立たせるほどの瘴気が背後から叩きつけられ、振り返ろうと首を捻った途端左肩に灼熱と激痛を感じた。 「うあっ!」 膝が崩れそうになるのを堪えて右手で後ろに力を放ちながら、体ごと振り返る。雅の攻撃を飛んで避けたのか、数メートル離れた先に猿と人の合いの子のような異形がいた。猿にも人にもない長く太い牙からは赤い血が滴っている。雅は自分が噛み付かれたのだと知った。 肩の傷は深いようで、生温かい血が背中と腕を伝っていく。シャツが血で張りつく感覚が気持ち悪い。 (アキ兄!) この状況で真正面から戦わないという作戦は無理だ。雅は異形と向かい合って両手に力を籠めつつ、心の中で飼育小屋を見張っている昌暉を呼んだ。 そんな雅の焦りを読み取ったかのごとく、異形の口がにいっと三日月形に吊り上った。獲物を前にして嗤っている。……嗤っている? 「!!」 この異形は雅を餌だと認識している。たった今ターゲットに小動物だけでなく人間も含まれたのだ。 「これはヤバイわね」 じりっと片足を一歩踏み出したら異形が飛び掛ってきた。数メートル程度の距離などあっという間にゼロにする跳躍力。雅はぎりぎりまで懐に近づけてから力を解放した。 「くらえっ!」 異形はすぐさま方向転換したが避け切れず、左腕が抉り取られた。 「グアアアアアアアァァァ!」 耳を塞ぎたくなる絶叫が夕闇に放たれた。ぼたぼたと異形の血が地面に落ちて血溜まりを作る。 「ふふ、お返しよ」 雅は体勢を整えて次の攻撃に備えた。左肩を負傷している分どうしても庇いがちになり、左右で力のバランスが崩れてしまう。 異形の濁った黄色い眼がぎらぎらと怒りに染まり、瘴気が膨れ上がった。 「うっ」 感覚の鈍い雅でも強烈な瘴気に吐き気がする。守りの不得意な雅では瘴気を薄める術がほとんどない。いつもは昌暉や御影がいるためなんともないが、ひとりで強い異形を対峙するのは厳しいものがあった。 (でも) 間違いなく雅はトップランカーのひとりだ。簡単に諦めるわけにはいかない。 唇を血が滲むほど噛み締めて気力で纏わりつく瘴気を振り払うと、雅は自分から攻撃を仕掛けた。 「はあっ!」 右手で光の玉を突き出し、異形の動く先を読んで瞬時に両手で作り上げた力の塊を振り下ろす。異形は校舎の壁に叩きつけられたが、雅も肩の激痛に地面に膝をついた。 「つ…」 すぐに立ち上がろうとして、背中に鋭い刃物で切りつけられたかのような痛みが走る。瞼の裏が真っ赤に染まった。 「――っ!!」 体が仰け反り声にならない悲鳴が出た。そのままアスファルトの地面に倒れ込む。顔を動かして異形を探すと、真上に愉悦を湛えるおぞましい顔があった。 「アキ、兄っ」 異形の尖った爪が振り翳される。雅は右手に力を籠めようとしたが激痛に意識が散漫になってできない。 殺される。喰われる。ここで、終わり? 死の恐怖が雅を包んだ。 「アキ兄――!」 目を閉じ精一杯の大声で名前を叫んだ。 「無茶をする」 「ギャアアッ」 冷えた声音と異形の金切り声。異形の気配が雅から離れた。 雅がそろそろと瞼を開くと視界に映ったのはどこかで見た覚えのあるブレザーの制服。さらりと長い髪。 「え?」 少女が腕を振ってなにかを投げつけると、異形はさらに飛び退った。 「グア?!」 池の柵まで移動した異形はそこで硬直した。暴れてもがくが一定以上身動きが取れない。 昼間、昌暉が罠として張った封じの結界だった。少女から逃れた異形は見事結界に掛かってしまったのだ。 「あの結界もあまり持たないはず。動けますか?」 「あなた、なんで…」 「それより早く」 少女はそっと雅の体を起こした。 「うっ」 背筋を中心に痛みが全身へと走り冷や汗が頬を伝った。どくどくと傷口から血が溢れる。 少女はなるべく傷に響かないよう雅を立たせ、右肩を支えながら異形から距離を取った。 「天箕さんは?」 「アキ兄は…もう来るはず」 感覚に優れた昌暉ならば異形の出現にもう気づいているだろう。飼育小屋からここまで遠いが、直に駆けつけてくるに違いない。 雅は改めて少女を見つめた。見覚えがある気がした制服は、それもそのはず恒清高校のものだ。夜の暗さで顔ははっきりとしないが、なぜか記憶に引っかかる。 「あなたは」 「雅っ」 そこへ誰よりも待ち望んだ声がした。 「アキ兄…っ」 思わず動いて激痛に眉をしかめる。 「雅、おまえ怪我してるのか?」 「まずは異形を倒すのが先では?」 雅の怪我の具合を確かめようとする昌暉を制して、少女は罠に掛かっている異形を示した。結界はたわみ、今にも破裂しそうだ。 「そうだな」 昌暉は真言を唱え刀印を切った。凄烈な力が結界ごと異形を切り裂く。 「ギャアアアアアアア!」 異形は血を撒き散らしてのたうち回り、けれども昌暉が止めを刺す前に闇に溶け込み姿を消した。 「くそ、逃げられた」 「あれではしばらく動けないでしょう。雅さんの手当てをしなければ」 「ああ。雅、ちょいと我慢してくれ」 背中の傷に響くとわかっているが、雅を横抱きにする。 「保健室へ」 「それより会議室のほうがいい」 怪我の手当てをするならば保健室が一番いいのだが、校長から借りた会議室には昌暉の結界が張ってある。救急箱も用意してあるしそこが安全だ。 「いえ、保健室にも結界が張ってあります。もし異形の攻撃を受けても防げるくらい丈夫な」 考えなどお見通しとばかりの言葉に、昌暉は目を細めた。この少女は何者だ。しかし少女は怪しすぎるが敵意は欠片もない。昌暉は警戒をひとまず解いてさっさと歩き出した少女の後を追った。 BACK/TOP/NEXT 応援クリックお願いします♪ ![]() ![]()
【あとがき】
すみません、5章の量が多くなりました; ブログでは読みにくい長さかと思いますが、ふたつに分けず敢えてまとめて掲載してみました。 分けたほうがいいという意見がございましたら、また考えます。 長いといえばこの話、鵺ほど長くはならない…と思っていましたら、超えます! 鵺より長くなります!!(泣) 章の数は鵺のほうが多いのですが、学校の怪談は1章ずつが長いので、結果的に長くなりました。 <非日常>組が登場すると、やっぱり長くなる法則は本当のようです。 (↑おまえが作者だろ) 今まで勿体つけてた従姉様もついに正面切って姿を現しましたし、 しかも活躍してますし(汗) もっとも雅たちと従姉様に縁が出来ることはいつかしなければと考えていたことなので、 予定外ではありましたが結果オーライです。 学校の怪談2はあと2話くらいで終わらせたいです。 もうしばらくのお付き合い、よろしくお願いします! |
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こんばんは〜
>kazuさん
従姉様への過大な褒め言葉、ありがとうございますvv 最強で素敵でかっこいい。 褒めすぎです!(笑) 性格問題児なので、そこら辺でプラスマイナス0かと(笑) 続きが楽しみとのこと、ほんとに本当に嬉しいです〜♪ 次はちょっぴりまったりモードです。 昌暉たちと霞がどんな会話をするのか、お楽しみに! ほんとだ〜(笑
従姉様^^
では、私も様付けで(笑 だぁぁぁ 続きがよみたいですーーー!! ついに2人の前に表れた、従姉様!!! 最強ですね。 もう、サラッと雅ちゃんを助け、冷静にアキ兄に意見をし。 最強で、素敵です^^ ホントかっこいい〜♪ つづき、ドキドキしながら待ってます☆ 様つけました。
母たる作者にまで恐れられる彼女です(笑)
異形を狩る能力があるわけじゃなく、 立場や権力があるわけでもない、 ましてや人格が優れてるなんてとんでもない(笑) 友達すら見放す(主に脩二相手)女王様ですが、 気づけば最強キャラに。 かっこいい、なんてもったいない(笑) でも霞は従姉妹と女友達にはとっても甘かったり☆ 従姉様
様づけ…(笑)
いや、たしかにかっこいい。 どこぞの当主様とも互角にやりあう(冒頭)くらいなんだからね。 やっぱり様くらいつけないと駄目か☆ 従姉様、かっこいいー! |
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